2012年10月15日

松下幸之助 夢を育てる―私の履歴書



松下幸之助 夢を育てる―私の履歴書 (日経ビジネス人文庫)

小学校を4年で中退して丁稚となった松下幸之助は、弱冠22歳でソケットの製造販売を始めた。以来、電器一筋に、「ナショナル」「パナソニック」という世界ブランドを育て上げ、「水道哲学」という独得の理念の下、積極的に社会への発言を続けた“経営の神様”の履歴書。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
松下/幸之助
1894年和歌山県生まれ。小学校を4年で中退、火鉢店、自転車店などに奉公した後、大阪電灯の工事担当者となる。22歳で独立、松下電器製作所を開設。アタッチメントプラグ、自動車ランプなどの製造で成功し、アイロン、ラジオなど次々に業務を拡大する。33年には事業部制を実施し、35年松下電器産業株式会社に改組、社長となる。46年PHP研究所設立。52年オランダのフィリップス社と提携。61年松下電器会長。73年相談役。80年松下政経塾開塾。87年勲一等旭日桐花大綬章受章。89年4月94歳で死去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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本田宗一郎夢を力に―私の履歴書



本田宗一郎夢を力に―私の履歴書 (日経ビジネス人文庫)

本田は「私の履歴書」でこう述べている。「私がやった仕事で本当に成功したものは、全体のわずか1%にすぎないということも言っておきたい。99%は失敗の連続であった。そしてその実を結んだ1%の成功が現在の私である」

自動車修理工から身を起こし、一代で巨大自動車メーカーを築き上げ、「HONDA」ブランドを世界にとどろかせた希有の成功が1%でしかないならば、残りの99%はなんなのか。本田の言葉をたどると、失敗した99%にこそ、たぐい稀な人間ドラマが見つけられる。

本書は本田が56歳のときに連載した「私の履歴書」と、1962~1991年の足取りをまとめた編著者による「履歴書その後」、さらに「本田宗一郎語録」の3部構成で描きだしている。外国から体中に部品を巻き付けて強引に飛行機に乗り込んだり、四輪自動車への進出を規制する官僚にたて突いたりといった破天荒なエピソードに満ちあふれている。モノづくりへの情熱や創意工夫、物まねを嫌い独創に賭ける精神、ヒューマニズム、そして天才技術者としての側面など、本田の原点もここに感じ取れる。また、強烈な成功体験をもつ創業者の世代交代問題などのテーマも取り上げられている。スーパーカブやN360などの開発経緯は、ホンダのマシン愛好家にとって見逃せないところだ。この本田の壮大な生涯は、不景気に萎縮するビジネスマインドへの大きな刺激となるだろう。(棚上 勉)

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戊辰戦争―敗者の明治維新



戊辰戦争―敗者の明治維新 (中公新書 (455))

新書: 232ページ
出版社: 中央公論新社 (1977/01)
ISBN-10: 4121004558
ISBN-13: 978-4121004550
発売日: 1977/01
商品の寸法: 17.2 x 11 x 1.4 cm
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オールコックの江戸



オールコックの江戸―初代英国公使が見た幕末日本 (中公新書)

一九世紀半ば、江戸‐ロンドン間の文書のやりとりに蒸気船で半年近くを要した時代、一人の外交官が担う責任は、今日とは比較にならないほど大きかった。そんな時代、日英関係の仕事は、初代駐日公使ラザフォード・オールコックの手に完全に託されていたといってよい。本書は、一八五九年から六二年まで、日本の外交にとって決定的に重要だった三年間の彼の思考と行動を、在外史料を駆使していきいきと描いた幕末物語である。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
佐野/真由子
1969年(昭和44年)、東京都に生まれる。1992年、東京大学教養学部教養学科(国際関係論専攻)卒業後、国際交流基金に勤務。在職中、1997‐98年にケンブリッジ大学に留学、国際関係論専攻修士号(MPhil)を取得。2002年より、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)文化局無形遺産課勤務(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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一外交官の見た明治維新



一外交官の見た明治維新〈上〉 (岩波文庫)

風雲急をつげる幕末・維新の政情の中で、生麦事件等の血腥い事件や条約勅許問題等の困難な紛争を身をもって体験したイギリスの青年外交官アーネスト・サトウ(1843‐1929)の回想録。二度まで実戦に参加して砲煙弾雨の中をくぐり、また攘夷の白刃にねらわれて危うく難をまぬかれたサトウの体験記は、歴史の地膚をじかに感じさせる維新史の貴重な史料。
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シュリーマン旅行記 清国・日本



シュリーマン旅行記 清国・日本 (講談社学術文庫 (1325))

トロイア遺跡の発掘で知られるハインリッヒ・シュリーマン。彼はその発掘に先立つ6年前、世界旅行の途中、中国につづいて幕末の日本を訪れている。3ヵ月という短期間の滞在にもかかわらず、江戸を中心とした当時の日本の様子を、なんの偏見にも捉われず、清新かつ客観的に観察した。執拗なまでの探究心と旺盛な情熱で、転換期日本の実像を生き生きと活写したシュリーマンの興味つきない見聞記。

これまで方々の国でいろいろな旅行者にであったが、彼らはみな感激した面持ちで日本について語ってくれた。私はかねてから、この国を訪れたいという思いに身を焦がしていたのである。──(第4章 江戸上陸より)
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イザベラ・バードの日本紀行



イザベラ・バードの日本紀行 (上) (講談社学術文庫 1871)


一八七八年、横浜に上陸した英国人女性イザベラ・バードは、日本での旅行の皮切りに、欧米人に未踏の内陸ルートによる東京‐函館間の旅を敢行する。苦難に満ちた旅の折々に、彼女は自らの見聞や日本の印象を故国の妹に書き送った。世界を廻った大旅行家の冷徹な眼を通じ、維新後間もない東北・北海道の文化・習俗・自然等を活写した日本北方紀行。

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